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「あなたの体の冷えは心配なのですが――」  ひと通り笑いが収まると、彼は再び私を抱え直して、私の冷たい手を自らの温かい手で包み込む。 「実はね、互いの体温や体感温度に差があることを、とても気に入っているのです」  言いながら、彼は互いの手を私のお腹に押し当てた。  かじかんだ手にセーターと彼の熱がじわじわと伝わる。あったかい。 「どうして?」  振り返って訊くと、間近にあった彼の薄い唇が笑みを形作る。 「寒くなると、あなたは暖を求めて、いつにも増して積極的に私にくっついてくれるから。好いた相手に求められれば、男は嬉しいものです。それに、私も大手を振ってあなたを抱っこできる」  答えは至極単純明快だった。  私達が互いの体温と愛情を分け合えることを、彼はとてもお気に召しているらしい。 「そう考えると、私達って、案外調和が取れているんですね」 「そう。結構なことです」  他愛ないことだけど、この調和はこれから先の人生を共に過ごす中で、案外重要なことなのかもしれない。 (それにしても、この人は本当によく、私を好きだと臆面もなく告げて、その理由も誤魔化さずにきちんと伝えてくれるなあ。私もちゃんとこの人を大切に思う気持ちを伝えられているのかしら)  改めて振り返ると、彼と私は体温云々だけでなく、愛情表現にも随分な差があるような気がしてきた。  彼は朴念仁だけど、私に対してはその様は鳴りを潜め、こうして、今みたいに言葉や態度で可能な限り愛情を示してくれる。  彼の愛情表現は、激情に任せた、烈火の如く乱暴で刺激的なものでは決してない(稀にそういうこともあるけれど)。  ゆるりと心身に染み渡るような、ぬるま湯にも似た愛情を緩く長く、魂の奥深くまで注ぎ続けるのがこの人のやり方だ。  対して、私はどうだろう。  自分では、彼が大切だと言葉と態度で示しているつもりだ。  でも、彼がたまに寂しげな顔をするところを顧みるに、まだ伝え足りていないのだろう。  彼の低い声も、  力強いぬくもりも、  甘えたがりなところも、  私の名を愛おしげに呼ぶ様も、  少し……いや、かなり意地悪なところも、  ふとした拍子に見せる憂いを帯びた表情も、  他の何よりも、私のことを大切に思ってくれていることも、  そして、彼の抱えるなにもかも――そう、彼のすべてを愛している。  だというのに、それを余すことなく伝えるのは、なかなか容易ではないようだ。 (矢潮さん、貴方がとても愛しいの。私にとって貴方は、数多の星が霞むほどに強く輝く存在なのに、私はそれをなかなか上手に伝えられない)  甘えるように彼にもたれ掛かり、もっと精一杯気持ちを伝える努力をしようと心に誓った。 「ねえ、矢潮さん。私はちゃんと、貴方が好きだと……大切なのだと伝えられている?」  照れ隠しにもじもじと指を蠢かし、時に彼の指を絡め取りながら尋ねてみた。 「伝わっていますよ」  彼がこめかみにキスをして、答える。  そのまま唇が、するりと耳まで降りてきた。 「私には、ちょっとだけ物足りない愛情表現かとは思いますが――」 「!」  耳元で囁かれ、心臓が小さく跳ねる。項がゾワリと粟立った。  耳の縁を擽る吐息と、鼓膜を震わす低い声音の合わせ技は卑怯だ。艶っぽすぎる。 「ゆづるさん、聞いてる?」 (また!)  唇が耳の縁を掠め、擽ったいのと恥ずかしいのとで、思わず顔を逸らした。  彼に名前を呼ばれるのは好き。  それだけで、なんだか元気になるから。  私の名前が穏やかな声で以て彩られ、優しく耳に入り、心地よく鼓膜を刺激し、余韻が耳の奥にじんわりと残るのだ。  まるで、彼に呼ばれる為に誂えられた名ではないかと思えるほど、よく耳に馴染む。  だから、名前を呼ばれるのは大歓迎。  でも、そこに吐息が混じると、途端に艶めかしさが匂いたち、聞いていられなくなる。  私には、刺激が些か強すぎるのだ。  吐息混じりの掠れ声を聞いた途端に、頬が火照る。もしかしたら、耳まで真っ赤かも。 (恥ずかしー。隠れたい)  出来る限り彼から顔を逸らして俯いたのに、わざわざ彼の唇が耳を狙って追いかけてきた。  これは、私の羞恥心を煽るつもりで、わざとやっているな。 「あなたの控えめさはね、焦らされているようでいいんだ。こうして寄り添った時に、悦びが倍増するからクセになる」 「止めて! 恥ずかしいから」  とうとう堪えきれずに、顔を手で覆って隠すと、すぐ脇でクツクツと笑い声がした。 「本当に、あなたは可愛らしい。あなたの前では、数多の星も霞むよ」 「また、そういうことを言う」  もう。本当に、この人どうにかして。
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