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(可愛いって、また言われた)  以前から彼に『可愛い』とよくおだてられるけれど、このあからさまな言葉にはいつまで経っても反応に困ってしまう。  元より、そんなことを彼以外の人に言われたためしがない故の戸惑いもある。  あと、自分と"可愛い=愛らしい"という印象があまり結びつかず、素直に喜ぶよりも先に、そう言われた理由を考えてしまうのだ。 (ひょっとして、彼には私が子供っぽく見えているのかな? どうにも彼のこの感覚は、私達の年の差とも関係している気がするのよね)  彼の言う『可愛い』は、性質としての"愛らしさ"よりも、年少者を"愛でる"感覚に近いのかもしれない。  そう考えると、彼の言う『可愛い』にも合点がいく。 (可愛がるって感覚は、互いの年齢の開きがあるほど強そうだけど、彼はどうなんだろう? まあ、年がわからないからどうとも言えないか)  彼からは年齢を明かされていない。  外見から年齢を推測しようにも、彼に限ってはどうにも当てにはならないようなのだ。  なにせ、今は二人共に三十歳くらいの同年代にしか見えないのだけれど、今からおよそ十五年前に二人が初めて出逢った時、私は十五歳で、彼は二十代前半に見えたのだから。 (高校時代を基準に考えれば、概ね……ううん、やっぱりわからない)  彼の年齢はどうにも推測し難いが、いずれにせよ、それなりに年齢の開きはある筈だ。  その、ある程度の年の差が、彼に私のことを可愛いと言わしめる一因になっているのではないか。  まあ、私がなにをどう考えたところで、この年齢不詳のつれあいの言う『可愛い』の真意は、彼のみぞ知るところなのだが。  それよりも持て余しているのは、自分の心だ。  色々と複雑に考えてはいるが、これは単に照れ隠しでしかない。  彼のたった一言に浮かれて、でも、どうにも素直になれなくて、『可愛い』につい抵抗してしまう。  あまりの気恥ずかしさに堪えかね、自らの頬に手を当てて顔の半分を隠す。  すると、手の厚みの分だけ顔の輪郭が膨れた私を見た彼が、「おや、更に雪だるまらしくなった」と茶化してきた。 (もうっ! この人、ホント、イヤ!)  唇を摘ままれたままでも構うものか。  無理やり上体を捻って後ろを向き(途中、彼はご丁寧にも私の唇を摘まみ直した)、彼の両頬を抓ってやった。  意地悪をされた仕返しだ!  唇を摘ままれた女と、頬を抓られる男。  まるでにらめっこのような状況に、二人は同時に噴き出した。
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