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脱線した思考を戻して、彼のネックとなっていることについて考える。
彼はどうやら、私と出逢うよりも以前の話を振られるのが苦手なようだ。
最初は、彼の生い立ちが明かされるのを避けたかったのかと思った。
だが、ことの発端となる私の発言に、彼自身の過去について語らせるよう促す要素は大して含まれていない。
ならば、昔の話をすることそのものが懸念材料だとしたら、どうだろう。
彼が忌避することを勝手に推量するのは無粋だと思いつつも、考えを巡らせていると、ふと閃いた。
(もしかすると、ご自身の年齢が割り出されるのを厭っているとか?)
時代が大きく関わる流行モノの話題ならいざ知らず、当時の星空の状態で年齢を推測するのはかなり難がある。
だが、年齢の発覚を忌避する人にとっては、どんなものであれ、過去の話題については自ずと警戒するものなのかもしれない。
(彼がそうまでして年齢を明かしたくない理由はなに? 私が年齢を知ると、彼になにか不都合でも生じるのかしら?)
では、つれあいの年齢や互いの年の差が発覚することで生じる不都合とは、一体どんなものだろう?
(私達夫婦が築き上げた信頼関係の破綻とか?)
およそ、同年代より少し開きがある程度の年の差と思しき私達夫婦。
互いの年齢や、年の開きが気に入ったから好きあったというわけではないので、彼の年齢が判明したからといって、それがきっかけで夫婦仲が悪化するなどとは、到底思えない。
では、他にはどんな不都合があるのだろうかと考えたが、私の想像力では大してなにも思いつかなかった。
大体、憶測を並べたって、そこからはなにも生まれやしないのだ。
取り敢えず、彼が過去の事柄について触れられたくないようなのがわかったのだから、よしとしよう。
(とはいえ、つい考えちゃうのよね、彼が頑なに年齢を伏せる理由。不都合とかじゃなくて、単なる意識の問題なのかも。彼があまり年を取ったように見えないことと、関係があったりして。……そう、この星空みたいに変化が――)
ぼんやりと空を眺めているうちに、ふとある考えが浮かび、思わず息を呑む。
地上では、その時代を生きる人々の生活の営みに合わせて、照明もまた増減する。
そして、そんな照明の影響を受けて、ごくゆっくりと変化をしていくのが星空だ。
その変化は、数年単位ではなかなか気付かない。
だが、過去の記憶や画像等と、今、目にしている星空を照らし合わせて見ることで、初めてその変化に気付くことが出来る。
(貴方は、星空に似ているのかもしれませんね。矢潮さん)
隣で空を仰ぐ彼をこっそりと窺い、胸中で独りごちた。
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