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明日はきっと、今日よりも、
昼の賑わいを微塵も予感させない朝8時の商店街。
灯りも人の声もない静謐を突如割ったのは、業者の搬入トラックのエンジン音。
流れ込んできた初夏の風が、閑散としたアーケードの下を抜けていく。
賑やかな日中とのギャップによそ者ならおののいてしまうかもしれないくらいの静けさだが、むしろ心地よく感じてしまうのはこの地で生まれ育った者の特性だろうか。
そんな空気を肌で感じながら、ふと思い立ったハバはランニングを始めた。
しばらく走ると、とある店舗の壁に掲示された貼り紙がハバの目に飛び込んだ。
「『声かけ注意』ねぇ。声かけに注意が必要になるなんて、大須も物騒になったもんだな」
気が付けば足を止めて呟いていた。
声を掛けられるのは下町ならではじゃないのか。
大須が生み出すアットホーム感と、商店街の人々の温かな人柄による賜物のはずだ。
なのにここ最近ときたら、その親しみやすさを利用して悪事を働く奴がいるという。
化粧品や宝石類を売り付けるキャッチセールスが主らしいが、せなや綾火からの情報では、若い女の子を勧誘して雑誌やテレビに出演出来ると偽り金銭を騙しとる、アイドル詐欺なんてのも登場したようだ。
大須の歴史は、自分が生まれるずっとずっと前から大切に培われてきたものだ。
それをどこぞのよからぬ輩が犯罪の舞台にして汚しやがって――。
「いただけねぇな」
チッ、とハバの憤りが舌打ちとして漏れた。
貼り紙をもう一瞥してランニングを再開させようとした、その時だった。
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