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 仮通夜からこの方、記憶も体感も全てが不鮮明で、まるで、全身が膜にすっぽりと覆われたかのようだ。  気付いたら、いつの間にか長短問わず場所を移動していたなんてザラで、時間の感覚もない。  人の声が耳をすり抜け、感情も乏しく、心と体がうまく機能してくれない。  弟がいない。ただそれだけで、ここまでなにもかもが覚束なくなるものなのか。  弟だけではなく、オレまで死体になったのではないかとさえ感じる。  だからだろうか。  欠けてしまった己の一部を求めるように、視線と意識は棺桶へと常に向けられ、夜伽などで弟の傍らにいても構わない時は、一晩中、そこで過ごした。  そして、おかしな話かもしれないが、こうして弟の傍にいることが、誰よりも長く彼と共に過ごした"半身"としての使命だとも思えたのだ。  焼かれて骨だけになっても、その姿――弟の存在が現実のものとして確かにあったという証拠を最後まで見届けて、己の目と、脳と、心に焼き付けておかねばという強烈な思いに突き動かされていた。  本当は、棺桶の中を見るのが怖い。  弟が死んだ事実を目の当たりにするから。  強い喪失感に襲われて、とにかく辛い。  だが、それでも弟の傍からは離れ難く、そこから目を逸らすことに罪悪感さえ覚えた。 (カズキ。オレのせいで、痛くて辛い思いをさせちまって、ごめん。  でも……でもさ、お前、あの時、すぐ行くから待てって言ったじゃん。行く場所が違うだろ)  棺桶の中で眠る弟を見詰めていると、知らず涙が溢れてくる。  その雫が一滴ニ滴と零れ落ち、弟の蒼白い顔を濡らす。 (なあ、お前がいないと寂しいんだ。オレ、追い掛けてもいいか?)
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