◆◇◆◇

3/3
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 火葬後の晩は、なかなか寝付けずにいた。  この三日間はほとんど寝ずの番で、心身ともにクタクタなのに、妙に不安で休めないのだ。  ついこの間まで、当たり前のようにあった存在が傍らから欠けているのが、とても心許ない。  ふと、机上に置かれた"ある物"が目に止まり、起き出してそれを取る。  掌にすっぽり収まるほどの小さな丸い缶。中には大切な物が入っている。  欠けてしまった弟の気配を求めるように、手中のほんの僅かな重みを確かめて、丁寧に机上に戻してから床に就いた。 『ねえ、コウイチ、どこに行くの?』  布団の中で微睡んでいると、不意に誰かが尋ねてくる。  オレは、『神社』と答えた。 『それなら、今はまだ駄目だよ』  声が告げる。 (そうか、駄目なのか)  たった一言、否と言われただけで、すんなりと納得したところで我に返った。 「カズキ!?」  もういない筈の人の声に、飛び起きる。  弟はいない。夜の闇も消えていて、目の前には、朝の陽光で満ちた部屋が広がっていた。 (夢?)  束の間の会話は、どうやら現実のものではないらしい。  あまりにも声の質感がリアルで、今でもまだ耳に残っているようだ。 (まだ、魂はここに留まっているのか?)  耳を塞いで瞑目し、集中して弟の気配を探る。  求めるものは感じられず、落胆した。  夢の内容が気になって、それとなく、今、神社に行っては駄目なのかと親に尋ねてみる。  すると、二人は何故オレがこんなことを訊くのか首を傾げながらも頷いた。 「神様は、死を最も重い穢れとして忌み嫌っている。だから、家族を亡くした者は、その穢れを神域に持ち込まない為に、忌中の神社への参拝は禁じられているんだ」 (なんだ、穢れって。そんなの迷信だろ)  説明を聞く傍で、微かな苛立ちが募る。  穢れ。  オレにはこの言葉がどうしても、死者を貶すようなものに感じられ、弟を思うと、どうにも遣る瀬なかった。  なんとなく、土の中で朽ちていく弟の姿を想像して、気が滅入る。 (あいつだって好きで死んだわけじゃないのに。ああ、でも、どうする?)  脳裏に浮かぶのは、老いぼれ桜の許にいる弟。  その桜は、神社の境内にある。  火葬の時からずっと、そこに行きたいと思っていたのだ。 (でも、あいつは神社に行くなと言った。なら、仕方ないか)  たとえ夢だとしても、弟が望まないのなら、無理に行くことはできない。 「……」  胸の奥にモヤモヤとしたものを感じ、オレは密かに吐息した。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!