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「キース。明日はお庭に出てもいい?」
「畏まりました。旦那様にお話ししておきます」
「ありがとう」
敷地の庭に出ることさえ許可が必要な彼女を、キースは哀れだと思う。長年近くで見守り続けた彼は、できるだけ彼女に悲しい思いはさせまいとしてきたが、一介の使用人にできることなど限られていた。
結婚話を突然告げられたあの日、彼も同室で控えていた。淡々と確定事項だけを娘に告げる非情な父親と、じっと下を向いて小さく頷くだけの娘。娘の表情は長くしなやかに伸びた髪によって隠されていた。
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彼女の部屋を出て長い廊下を歩く彼は、その日のことを思い出していた。衝撃の事実を告げられた彼女を、この長い廊下を通って部屋まで送ったあの日の自分は、何も声をかけることができなかった。励ましも、慰めも、何の意味もなさないと感じたから。
立ち止まり、窓から見える大きな月に目をやった。
「きっとこの月も、彼女には何もしてあげられないのでしょう」
握りしめる拳は小刻みに震えていた。
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