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見渡す限り岩ばかりの景色。谷間に小さく見えるふもとの村には朝げを点てる煙の一筋も見えない。
外では言いつけ通りおとなしく待っていたロバロが、もじゃもじゃの小山のような巨体を揺らして近づいて来た。
「よし。ちゃんと待てた。いいコ」
大きすぎる鼻面をちいさな手に擦り付けて懸命に甘えようとする。本来、毛長牛は群れで生活をする。一頭だけでしかも人に懐くなんて相当な変わり者だ。
朱色の帯端を軽く唇で咥え、衣擦れの音ともにたすきを掛ける。
それを合図のようにロバロは餌桶の前に陣取ると、左右に仕分けられた穀類を用心深く嗅ぎ分け、やがて納得したように右の桶に顔を突っ込んだ。
ゴリゴリと美味そうな音を立て餌を食むロバロの首筋を軽く叩き、唯一の友達の頼もしい感触を確かめる。
今まで何度も繰り返しおこなって来た実験も、これでほぼ結果が出揃った。
やはり私が最初に感じた違和感は間違いない
だからといって具体的な解決への道筋は分からないのだが。
「ロバロよくやった」
私は使い古されたナタを手に取ってほんの一年前まで日常だった生活を思い出していた。
バアちゃんが生きていた頃は収穫者〈ハーヴェスト〉が定期的に訪れ、薬草と食糧を交換できたのだが、バアちゃんが死んで私がこうなってからは誰もここには寄り付かない。
その頃から植物について疑問はあった。
世間ではもちろん知られていない事実だろうが、微量の毒が植物に含まれている可能性がある。
私は嗅覚の鋭いロバロの力を借りて、何度も実験を繰り返し、ようやく確信の持てる結果を得る事ができた。
「毒の原因か……」
ロバロは私の言葉など意に介さぬとばかりに桶に顔を突っ込んでいたが、不意に頭を持ち上げ、長い毛の間から視線をよこした。
「どした? 」
その視線は私を通り越して、薬師本殿の方向を指していた。
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