序章

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 もしかして薬草を求めて久しぶりに収穫者〈ハーヴェスト〉が来たのかもしれない。  私は、はやる心を抑えながら本殿横まで駆けて行き、そこで一度立ち止まり深呼吸をした。  上手くいけば食糧が手に入る。  し、しかし私は人と話すのが、いや人と接する事自体が苦手なのだ。いくら「これで貴女もおしゃべり上手!雑談力向上講座」を熟読しても、だ。  人と話すのは実に半年ぶりだが、上手く話せるのだろうか。  私は出来るだけ平静を装い、宮の境内に進み出た。  雑草が生え放題の荒れ果てたそこには、一人の旅人が倒れていた。  荷物はほとんど持っておらず、薄汚れた外套をまとい、ゴーグルとマスクで顔を隠していて、かろうじて男とわかる。  試しに私は遠くから木の実を投げてみた。   てん、と頭に当たるが、反応は無い。  もう一度投げてみる   てん、と頭に当たるが、またもや反応は無い。  勇気を振り絞り、男に近寄ってその身体を揺らしてみる ……  話す以前の問題。  男は既に事切れていた。  まあ旅人が訪ねて来たところで、この顔に、この腕に、角だ。十中八九逃げ出すに決まっている。  さっきまでの幸せな朝の空気が一気に重くなり、薬師宮の静謐は寂しさを演出するだけのものになり下がった。  私のねじれた性根にとっては、食糧入手の好機をふいにしたという心残りよりも、人と話さなくて済んだという安堵感の方が大きかった。
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