俺なりの『時そば』

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「あれ?」  どこまで数えていたかを忘れていた。遺伝子によって受け継がれた記憶力の無さがここで露呈する。数えていたら別の割り込みが入り、時間が抜けてしまったよう。  しかし、ここでハッとなる。 「時を飛ばす……」  そんな大それた事が出来るのかと思う。しかしこの前読んだ論文に非常に狭い範囲の時間を止ばすような理論があったような。 「これだ!」  その論文をあさり、原理を把握すると私は装置をせっせと作り始めた。  出来た装置はとても大きく持ち運びはできないものの、時そばは別に店でやらなくても出前でやってしまえばいい。そのあと小型化に努めて店などで応用してしまえばいいのだ。  これで人の頭付近の時間を飛ばす。するとどうだろうか、会計をしている人間はすでに小銭をもらったと思い込んでいるが実際はもらっていないということになる。 「完璧だ!」  すぐさまインターネットで蕎麦屋を探し出し、えび天ざるそばを頼む。  呼び鈴が鳴り装置をセットアップしながらドアを開くと、青年が立っていた。 「出前です」 「はいはい、お待ちしておりました」  品物を盆ごと引き取る。ここでズズズと食べたりはしない。落語としては見せ場が減ることになるが、私の目的は代金をごまかすことにある。客を楽しませることではない。  手ぶらになった青年は代金を言った。待ちに待った瞬間がやってきた。 「八百円でーす」  つばを飲み込む。お腹が空いていて早くそばを食べたいのではない。緊張と期待がないまぜになったものが腹の中をぐるぐるとまわって、全身の血管が震え出す。  ご先祖様、父さん、この時が来たよ、今やるからね。  震える声を隠し通しながら私は言った。 「ああ、お兄さん、今百円玉しかないや、ちょっと数えるから手を出してくれるかい」  何故ここで古風に言ってしまったのはわからない。だが、青年は怪訝そうな顔をし、それは客に向ける顔ではないなと感じの良い困った顔に変えて私に言った。 「すみません、うちはもう現金で受け付けてないんですよ」
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