0人が本棚に入れています
本棚に追加
「な、なんだって?」
現金で受け付けていないとは。
青年は開きかけた私の財布を見てこう言う。
「そのICカードなら使えるのでそれでお願いできますか」
腰にかけた黒い機械に手をかけて彼は言ってきた。
「あ、ああ」
ここでゴネても何にもならない。私は素直に彼に従うことにした。
額に汗がにじみ出るのが分かる。テクノロジーが進むのも考えものだ。私が装置を作るのにもテクノロジーは必要であったが、そのテクノロジーを使えなくする別の技術が発達するとは。
さてどうする。今回は諦めるか? しかしもうこのそば屋は使えない。他の現金で払えるそば屋を呼ばなければ。
しかし待てよ、と。ここで引いてはまたあの落語の二の舞いなってしまう。何か手はないか。
高速に頭を働かせて私は一つの視点の転換に成功した。
脳は高度な回路であるが、青年の持つその機械もまた回路であり、脳に比べると随分と簡単な回路だ。
つまり料金を払ったと思い込ませておいて、その時間を飛ばしてしまえば……。
「これでいいかな」
ICカードを財布から取り出す。あらかじめ決めておいた、時を飛ばす機械が焦点を合わせている位置へ誘導する。
もともとは頭を狙っていたので私の手はカードを掲げるようになってしまった。青年はまた首をかしげるも、特段ここで荒らげることもないだろうとすぐに笑顔を取り戻して機械をICカードに向けた。
「では八百円ですね」
青年はテンキーで代金を打ち込んだ。確定ボタンを押した瞬間が勝負だ。カードを持ってない片方の手でポケットの中のボタンを押す。すると無線で隠してある機械に伝わり、ほんの少しの瞬間だけ時間を無かったことにする。
青年が確定ボタンに指をかけた。ポケットの中の指に汗が滲む。
押し込んだ瞬間を見て今だとボタンを押した。
やったか!?
が、予想とは違う現象が起こった。
いきなり床が抜けたかのように身体がふわりと浮き、周りが真っ暗になったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!