「突然ですけど、部屋行っていいですか?」ほど困るものはない

15/19

16人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
 悪魔憑きだって好機を逃さない。口の端に泡を作り、柊めがけて降下する。枯れ枝のようになった両手は柊の細い首を狙っていた。  柊は雑巾掛けに使っていたバケツに十字架を放り込む。ちゃぽんという緊張感のない音を聞き届けると、バケツの中身を迫る化け物にぶちまけた。  断末魔が響く。  反対側の部屋からクレームがつきそうな音量だ。「ホラー映画を見ていた」と言い訳するしかないだろう。「悪魔憑きに即席聖水をぶっかけて退治していました」と正直に話しても、頭の心配をされるだけだ。  水蒸気爆発のような白煙がたつ。床には、悪魔に取り憑かれていた隣人は、事切れたように眠っていた。 「はあ…はぁ…。尻尾巻いて逃げるんなら最初から来るんじゃねえバカヤロー…」   柊は額の汗をぬぐう。部屋に熱が戻った。どうやら去ってくれたらしい。纏う殺気も剥がれる。 「あーああ」  顔にはいつもの人畜無害な表情が帰ってきた。 「普通はここで格好良くジッポー開いて一服いくはずなんだけどなぁ…」  男子大学生はどっと疲れた声をあげた。せっかく掃除した床は今度はびしょびしょになている。  時刻は10時55分。ラストスパートとばかりに柊は己の頬を張った。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加