「突然ですけど、部屋行っていいですか?」ほど困るものはない

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「ああもう、これはちんちんですね」  橙は自分の後頭部を撫でて呟いた。独特の語感に柊はうっすらと笑みを浮かべる。  頭の後ろに目があるのか、「どうしたんですか?ムッツリですか?」と尋ねられたので、「違います」と即答した。  玄関で眠っているであろう人騒がせな隣人の部屋を通り過ぎる。  「そういえば」と橙は今思い浮かんだとばかりに口火を切った。 「散歩の途中で摘んだよもぎを渡すだけなので、わざわざお邪魔する必要もなかったですかね?」 「…。…」  「そうですね」という当たり障りのない返事は喉まで出かかっている。柊は必死でそれを押さえ込んだ。 「いや…あの…」 「?」  絶賛片思い中の先輩と二人きりの会話をどう持たせるか。柊には全くアイデアがない。お茶なんて気の利いたものも用意できていない。クローゼットには酒が腐るほど入っているが、日曜の昼から出すものじゃない。橙の提案は、途端に弱気になった柊に逃げ水を与えたのだ。  だが。しかし。柊が手をかけているのは、文字どおり死に物狂いで片付けた部屋だ。害虫、突然の親の電話、とどめは悪魔憑き。次々襲いかかる障害を乗り越え、先輩のために用意した空間だ。 「その…」 「どうかしましたか?」
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