「突然ですけど、部屋行っていいですか?」ほど困るものはない

9/19

16人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
 もうトイレとキッチンは諦めた。とにかく座って話をするスペースを作ることに専念する。  欲を言えば、髪だけは直したい。柊はバケツに映る己の姿を見つめた。時計を一瞥する。無情にも時計の針はどんどん進んでいく。 (ダメだ、これ以上余計なことはできない…)  床にできたシミを雑巾で丁寧に拭きながら、柊は内心泣いた。  クローゼットが悲鳴を上げている。スライド式の扉は中の体積に抗えず、はち切れんばかりになっていた。 「と、とりあえずこれで…」  〝もう直ぐ着きますが、外で待ってたら怒ります〟という橙のメッセージを横目に見ながら、カーペットにコロコロをかける。床の色がちょうど半分覗いている部屋は、さっきまでのゴミ屋敷を思えば見違えるほど綺麗になっていた。  もう一回、ガラクタをクローゼットにぶち込めば、妹の言う「理想の男部屋」に近からずも遠からずな姿になるだろう。 「…って、これはぱーぺき駄目だよ」  柊は失笑気味に時計の隣に手をかけた。視線の先にはツインテールの女の子が困った笑みを浮かべている。 「丁度、セロハンクロスの上に貼られたわけか」  セロハンクロス。聞きなれない単語なのは当然だ。誰でもない柊が作った。  柊の住まいはワンルーム。ご飯も読書も勉強も寝るのだってこの六畳で済ませている。つまり、祈りの部屋もここだ。    この部屋の住人は北の大地を冒険した開拓民の子孫だ。  枕の上には十字架をかけねばならない。  
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加