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地下鉄の車両に窓はあっても車窓の景色はない。ゴーと鳴る音が目に見えるくらいにデカい。昼間だというのに夜の光を照らす光と同じ光が車内を照らす。
地下鉄の駅から自分としては最速で待ち合わせ場所のふれあい広場に到着した。巨大招き猫は以前に見た時と変わらず。商店街に千客万来を願う左手を高く上げ、遠くに視線を向ける微妙な笑顔で人々を迎えていた。
いつもはもっと人が少ないのに、今日は一角に設置された特設ステージで開かれるイベントのために大勢の人がいた。前にバイトで大須に来た時はみんな半袖で、汗を拭き出した暑苦しい顔でガード下を歩いていたのに、今日はみんな長袖だ。
普段は何かと目に付く鳩が、通りにも上の赤い梁にも見当たらない。人の多さに紛れ込むすきが見当たらないのか、自分たちがかまってもらえないとわかっていて寄り付かないのか、鳩たちは時に空気を読むのがうまい。
向こうの方で見たことのある顔がニコニコしながら手を振っていた。
「よっ。久しぶりっ」
久々に聞くその声が、耳の中の痒いところに届く。お前も元気そうだな。夏より前髪伸びたな。その服、前に覗いたあの店の秋物新作か。
「思ったより元気そうだな」
俺が口を開く前に、柴田の視診が始まる。
「頭、美容院に行けないジャニーズみたいだな。スリムのジーンズ、新しいサイズ合わせたいなら付き合うぞ。あとで肉ガッツリ食おうぜ」
柴田は俺の無に近いリアクションなど気にせず、物言わぬモデルを前にしたカメラマンが、シャカシャカと連写するようにまくしたてた。
それから「あっち」とシャープな顎をしゃくり、特設ステージの方向を示す。俺、なんにも答えてないんだけど。
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