『恋のはじまりは、夏の海辺で、あなたから』

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「え、本当ですか?」 都内のとある小さなオフィスビルの一室。昼過ぎのオフィス内に電話に出たまどかの甲高い声が響き渡った。 皆がまどかに注目する。 まどかはゆっくりと受話器を置くと、大きく息をつき、窓際の席に座り気持ち良さそうにコックリと居眠りをしている上司、北條一を揺り起こした。 「課長ーーっ、○×百貨店の契約取れました~!!」 「何っ、○×百貨店って、これは夢か?幻か?」 「何言ってるんですか、現実です、現実。この前のコンペの結果、今年はうちに頼みたいって!」 聞いていた周囲がどよめき、居合わせた社員達が皆、歓声をあげる。 それはまどかの長年の夢が叶った瞬間だった。 田畑まどかは29歳。この某中小広告代理店に勤める広告プランナーだ。 そこそこ美人、スタイルも悪くなく、 性格は男勝り。何に対しても前のめりで、人に無理と言われると余計に意地でもやり通すような、勝ち気過ぎるところがある。 そんな性質が効を奏してか、部内の誰もが挑戦しては毎年落選していたコンペで、周囲から到底難しいであろうと言われていた広告の契約を、まどかは入社以来初めて勝ち取ることが出来たのだった。 それは、まどかが広告プランナーを目指すきっかけとなった大手○×百貨店が水着メーカーと組んで毎年発表する、新作水着の広告契約だった。 ーーー遡ること、15年前。 中2だったまどかは東京の都内に引っ越してきた親友に遊びに来ないかと誘われ、故郷から新幹線に乗り、東京駅に着いた。 だだっ広い駅の構内で親友と待ち合わせの約束をした、その場所にそれはあった。 新幹線の改札口を出たところの壁一面に張られていた壁面広告。 まどかはそれに一瞬で心を奪われた。 『この夏は、一度きり』 そんな短いキャッチコピーと共に、流行りのビキニを颯爽と身につけた若い女性達がド派手に飾り付けられたプールの中で笑い合っている、そんな愉しげなシーンの写真が巨大なアルバムに貼られたように幾つも並んでいた。
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