21章 禁断の書

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・ 細い肩を折れそうな程に抱き締めては力を緩める。 繰り返される仕草── やり場のない感情の行き先を探しては彷徨う。 モーリスは屋根裏部屋の扉の隙間からそんなグレイの姿をそっと見守っていた。 苦しい── 胸を締め付けるこの傷みは一体なんだ。 何故、こんなにも辛くて躰が震える?── グレイは両腕でルナを抱き込んだままルナの小さな肩に埋まり唇を強く結ぶ。 魔物にあるのは怒り。 そして快楽。 その感情しかない── そのどちらともないこの苦しみ。 理由もわからず執拗に胸が咽ぶ── ルナに額を押しつけて、喉元の息苦しさに顔を切なく歪めるグレイをモーリスはただ見つめて目を伏せるしかなかった。 雫石。それが手に入らなければ何の術もない── 闇を支配する魔物。その力を含んだ雫石であるなら月の力を大いに秘めている筈だ。 間に合わぬだろうか。 どうにか間に合ってくれれば── 満月は後三日… 三日経てば満ちた月はまた新しく生まれ変わってしまう── モーリスは喉元の逆さ十字に手を当てて目を伏せる。 魔物の分際が祈るなどあってもいいのか… だが今はすがらせて欲しい… 大事なものを失っても祈ることを知らぬ闇の魔物の主人の為に── どうか今は 神だろうが 天使だろうが 悪魔だろうが…… ただただ主人の為にすがることを許して欲しい。 人間の感情を思い出した体が呼応する。 祈り続けるモーリスの深い皺を刻んだ目尻には、涙という澄んだ雫が微かに滲み光っていた……。
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