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肉とソースが鉄板の上で焦げる音が香ばしい。このソース、リンゴでも使っているのだろうか少しの酸味の後に心地いい旨味、甘味が溢れだす。
「それでね。メールでも伝えたけどやっぱり口で伝えた方がいいかなって」
智樹さんは私の話を察したのか食べる手を止める。つかの間、テーブルの上はジュウジュウという音だけになった。ひと呼吸おいて私は切り出す。事前に考えていたとはいえ、この事を他人に話したことはなかったので緊張した。
「智樹さんに告白された時、少し戸惑ったけど率直に嬉しいと思った。この人と付き合いたいって思ったの。本当だよ? でも返事は待ってほしいって言ったよね。その理由をこれから聞いて欲しい」
智樹さんはゆっくりと頷くと、ただ黙って座っている。私の言葉を待っているようだった。
「私も亡くしてるんだよ、恋人」
テーブルの上で組んだ手に注いでいた視線をチラリと智樹さんに移す。彼は別段驚いた様子も、ショックを受けた様子もなかった。とりあえずは安心して言葉を続ける。
「一年前の雨の日だった。宮原 通って言ってね。笑顔の素敵な人だったなぁ」
話しているうちにまた、鮮明に思い出してきた。彼の笑顔はもう、私の記憶の中にしか存在しない。それが本当に彼のものかも、もう分からない。
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