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話し終えて再び正面を向く、彼はどこか悲しそうに笑っていた。彼の笑みは何を意味しているのだろう。意味深い目の陰りと優しい口元はいつもどこか懐古的、ここを見ている気がしない。そんな印象だ。
と、その微笑みのまま彼がそっと私の髪に手を伸ばした。頭頂から重力に従って下される彼の手。だけどそれは肩の上の辺りで不自然に止まってゆっくりと引かれていった。
「そうか、唯も大変だったんだね」
柔らかい声だった。つぶやくその笑みは暖く私を慰めていた。
レストランを出る時、智樹さんに今度の週末に出掛けないかと誘われた。首肯して行き先を聞くと彼はまた、あのいたずらっぽい顔をして答えた。
「着くまでは、教えられない。でもきっと驚くよ」
数週間後、私はいつも智樹さんの乗ってくる平坂駅に降り立った。ここで合流して何処かへ行くらしい。一応動きやすいジーパンに濃いめのジャケットを羽織ってきた。
空を見るとまた、雨。私たちが会う時はどうしてこうも雨ばかりなのだろう。小説を読むときにおいて雨は涙、冷たさの象徴であり寂しい時はいつもこの天気だ。
必ずしもそればかりでないことは分かっている。だけどイメージというものはなかなか頭から離れてはくれない。
「ごめん、待たせた? 」
振り返ると智樹さんが肩を濡らして立っていた。大分急いできてくれたのだろうかジーンズの裾が濡れピットリと足のシルエットを形どっている。
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