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そう言って微笑むと彼は開いた扉に吸い込まれるように歩いて行く。去っていく彼の背中は直ぐに雨に沈んでいった。
窓に打ち付けられる音が大きくなってきた。振り返ると真円に広がる水の粒が川みたいにすべり落ちてる。これじゃあ降りてもひどいな、傘あったかな? 靴もヤバイかも。あの道舗装されてないからなぁ。
毎度の事ながらあんな所に研究所を建てた父さんを呪う。小雨だからって油断してた私も悪かったけど。
なんて事を考えてたらもう、蝮山東駅だった。彼はいつもここで降りる。だから、私の夢見るお姫様気分もここでおしまい。後はただの研究補助員という肩書きが残るだけだ。一見、大層な肩書きだけど要は研究所のお手伝いさん。故郷へ帰ってきて、毎日暇している私に父さんが持ってきた仕事だ。
ふと彼の方を見ると動作がひどく遅い。そんなペースじゃ扉に間に合わないよ?
と思っていたら、やっぱり車両の向こうの扉は彼が辿り着く前にピタリと閉じてしまった。彼は頭をぽりぽりと引っ掻くと、はにかむ。途方に暮れてるみたい。だけど分かった。あれはフリだ、建前。他人の目を気にして取り敢えずやっておく演技。
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