7人が本棚に入れています
本棚に追加
話していると店主がコーヒーを持ってきた。口をつけると芳ばしい匂いが鼻を通り抜ける。直後に舌の上を程よい苦味が流れる。私は暫く喫茶店の本格コーヒーというものを堪能した。落ち着いたところで顔を上げると彼は何か物悲しそうな顔でコーヒーの入ったカップを見つめている。顔の半分を這う影は外からの淡い光ではとても照らしきれていなかった。
「何かあったんですか?」
彼はハッとした様に顔を上げた。私の目を暫く凝視するとやがて照れ隠しをするかのようにはにかんだ。
「いや何でもないんだけど……。でも、そう。折角美味しそうにコーヒー飲んでたのに俺のせいで嫌な空気になったね」
「そんなこと」と、否定するが彼は構わず続ける。不思議と影は濃くなったように思えた。
「俺、三年前に恋人を失くしてるんだ。今日みたいなよく雨の降る日だった。雨を眺めてたら段々思い出してくる……。」
彼は多くを語らない。同じような経験があったためかその胸中はよく分かった。この喪失感を共有しようとは思わない。
切ないながらも彼との大切な記憶だ。誰かに話してしまう事で心からこぼれ落ちて無くなってしまうような、そんな気がした。多分、怖かったのだと思う。
「そういえば、どうして私をここに?」
ただお茶をしに来たわけでは無いんでしょう? 話題を変えようと少し意地悪く付け加えた。短い時間ながら私たちの距離感は大分縮まっていた。
「うん、そうだね。流石にそんな理由じゃ誘えないよね」
最初のコメントを投稿しよう!