雲の先にあなたは

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「雨の音って落ち着くんだ」 彼は静かに呟いた、私はそっと耳を傾ける。目は自然、粛々と雨の降る外へ向いていた。 「昼夜構わず地面を打つ音は、穴に落ちたような静けさも、頭に響くざわめきも変えてくれるんだ、同じに。 俺は包まれるんだよ、あの音、沈静と整律が広がるあの世界に」 「だけど、同時に雨は色を奪う。街は色彩を欠いて空は鈍く沈む。 三年前のあの日から、俺の景色もそうだった。皮肉にも雨で灰に沈んだ景色は俺の心によく馴染んだ。だけど、それはあまりにも暗い穏やかな月日だった」 私も、私も同じ道を通ってきた。通が病室で息を引き取ったあの雨の日以来、私の心は常にどんよりと曇りがかっていた。 いつのまにか私は、彼に強く共感していた。同じ境遇、避けられない辛い現実、辿り着いた同じ景色……。 「そんな時だ。色を、光を否定した俺の目に再び光が射した」 彼はスッと言葉を切ると私に正対した。私も目線を薄暗い外から戻して彼に向き合う。 「あの時間にもう一度戻りたい。どうかな、しばらくの間でもいい。俺と付き合ってくれないか」 その時の私には彼の提案はごく自然なものに思えた。彼に私を求める理由があるように私にもまた、彼を求める理由がある。     
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