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 直線距離なら断然俺の方が近かった。蒼を突き飛ばし半分宙に浮いたままの俺の右半身に鈍く重い衝撃。ボンネットの上で良い具合に横回転しフロントガラスを突き破った。不思議と痛みは感じなかった。蒼が死なずにいてくれたことがなにより嬉しくて、救えたことに贖罪を果たした達成感さえ覚えたほどだ。しかし、完全に気がふれたドライバーはご丁寧にも蒼の右腕を汚らしいタイヤでぐちゃぐちゃにしやがった。きっと彼女はもうリスカできないなー、でも死なずに済んでよかったなーなんて思ったのもつかの間。弱冠18歳の脳みそにはやはり白と赤のヌラヌラは堪えたようでそのまま俺は気を失った。蒼のか細い声で「ありがとう」と聞こえた気がしたがこれが本当に気の所為だったとは信じたくもなかった。  肋骨を折り、右肩を脱臼という奇跡的かつ比較的軽傷で済んだことに内心ほっとしていて、医師の「右肩は脱臼しやすくなります」の警告を反故にした結果が今現在の俺であるわけだが、まだいい。俺の口から言えないことはこの先にある。  ニュースで連日俺と蒼の名前が報道される。病室で寝転がり「あーあ、今回の単位全部落としたな」なんていう取り留めもないことを考えて、煙草を吸いたいのを我慢していた。もしかしたら蒼が見舞いに来てくれるかも、という仄かな希望はあの惨状を思い起こす毎に輝きを失っていく。右腕を失った。生の証明、俺との歴史。どちらかが消えるとすれば後者が消えるべきだろう。そう考えて、もう金輪際蒼に関わるのはよそうと思い直した。  少なくとも夏休みは大学の友達と飲みに行ったり、怪我人の俺が泳げないにも拘わらず海に連れ出されるといった充実した日々を送っていた。情けないことに、だ。  蒼のことなんてもう、考える暇がなかったんだ。     
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