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ドアの向こう、当然のことながら彼女は存在している。悠々自適に、かつ俺の帰りを待ちわびていることだろう。最近お腹のたるんできた夏子に、美容に良いんだぜと嘯いてひと玉千円もするココナッツを昨日買ってきたわけだけれど、ストローをぶっ刺して飲むのだけれど、夏子の舌には合わなかったようで苦い苦いとひとしきり走り回って、文句を言うなと俺がどやしたてたものだから夏子のほうもいよいよふくれっ面で「村原くんも飲んでみなよ!」と俺に独特の香りを漂わせるその千円玉を投げ渡してきた。本当にクソマズかった、地球の悪意を凝縮したようなかったるいマズさだった、それを相も変わらず従順に飲み続けているのだろうか。
とうとうこの日が来てしまったというか、いつか来なければいけない日をむしろ待ち望んでいたように思う。だがどうだ実際のところ、愛する彼女ができて、一緒に住んで、結婚の話も持ち上がっている今来る必要があったのか。なあ、どうなんだ。それでも欲しいのか? なにがなんでも必要か?
ふうう、とバカでかいため息1つ吐いてやっとのことで鍵穴に鍵をキュルキュル差し込んだ。容易にドアが開く。いつものように。
「おかえりー。どうだった?」
顔を上げた夏子。入ってすぐの居住スペースに大の字になって寝転がっている。今日中にラグマットを敷いていてくれよと言ったのに、苛立ちを覚えながら床に乱雑に置かれたままのノートパソコンを踏みつけないようにテーブルへと着いた。午後7時半のことだった。
「というか、遅かったねえ、やっぱり職場復帰まだまだかかりそう?」
「どうだろうな、わからん」
「全治何ヶ月?」
「さっぱりだ」
「ええっ! ただの脱臼じゃなかったの!? しかもちょっと会社の荷下ろし手伝っただけなんでしょ」
「わかんねえ、飯は?」
「まだ作ってないよっ! どうする? もう作る?」
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