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「おい栄養士。俺が昨日買ってきた千円玉をどこへやった」 「捨てたよ……まじゅいもん」 「お前な」 「待って待って!! 村原くんの病状全然教えてもらってないよ! どうだったの? ねえ、ねえってば!」  ハッとして俺が夏子を見上げたものだから、夏子のほうもまん丸く目をひんむいて驚いた。俺は、俺の口からは、否、誰の口からもこの事実を告げることが出来ない。出来ないじゃあないか。ヒィと素っ頓狂な声をあげる夏子もその尋常ならざる事態に気付いてしまったようだった。触らなくとも分かる。俺の顔はきっと死人のそれのようになっているに違いない。去年就活だから留年危機だからとごまかしごまかしやっていた右腕の痛みが、古傷を呼び覚まし、死者に呼びかけたこと。会社の荷下ろしの最中右腕を脱臼し病院に行けと帰されレントゲンを撮ったあげく精密検査を受け、何を思ったかココナッツを買って帰って生ぬるいセックスをした昨日のこと。どれもが今さらになって尊くて幸福な事であったかを急激に鮮烈に痛感し血の気が引いた。 「夏子」 「は、はい」彼女は畏まってフローリングに正座をする。 「俺の小説って読んだことあるっけ?」 「え、難しくて読めないな……」     
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