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ある夏の夜、窓辺で眠る自分の、夢枕に立つ者がいた。
〝こんばんは〟
は?誰?
目の端で捉えた相手は、十センチくらいの小さな人間。
背中に羽の生えた黒い全身タイツ姿で、枕の横にちょこんと正座している。
〝私は昼間、助けて頂いたセミの妖精です〟
理解に苦しむ言葉を吐かれ、しばらくの沈黙のあとで、思った。
……へぇ。
セミにしちゃ、ずいぶん可愛い顔してるな、コイツ。
大きなくるくるの目と、赤い頬におかっぱ頭が、なんだか古い映画に出てくる子役みたい。
でもセミなんですよね。 オレ変な夢見てんな今。
〝それで今夜は、危ないところを救って頂いたお礼に、アナタにセミにしてあげたいと思いまして〟
〝けっこうですけど!〟
いや。 確かに今日の日中、部屋に迷い込んできたセミを、丸めた新聞紙で外に追い払った。
けれど、べつに助けようとしたわけでもないし、当たり所が悪かったらオマエなんて死んでたかもしれない。
オレは命の恩人でも何でもないから、今すぐ帰れ。
〝そんな、ご遠慮なさらず。 しばらくの間、セミ気分を楽しんでみて下さい〟
そう言うと、自称・セミの妖精はジジジジと羽をはためかせ、窓の外へ飛び立っていった。
〝元に戻る方法は、恋人とのキスですよ!
ちょっと古典的ですが、なかなかロマンチックでしょう?〟
そんな言葉だけを残して。
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