老人と海

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 転移完了を知らせるビープ音が響き、ダンザライトは目を開いた。  そこは眠る前とは異なる部屋。最低限の調度品が揃えられた寂しい部屋である。  室内に人の気配はないが、ガラス扉からバルコニーを覗くと、デッキチェアに誰かが座っているのが見えた。 「対象確認。接触を開始します」  その言葉はバルコニーの人物に向けたものではない。ななめ45度、部屋の天井を見上げて呟く独り言だ。  言い終えた後、ダンザライトがバルコニーに出ると、ガラス扉の開閉音で気づいたのか、デッキチェアに座っていた人物が喋った。 「やあ、こんにちは」  年齢を感じさせる嗄れた声の挨拶だった。 「こんにちは。わたしは個体識別名称、」 「省略して構わないよ。君の名前さえわかればいい」 「肯。わたしはダンザライトと申します。よろしくお願いします、ホルダー」  ホルダーと呼ばれた男は、手や顔にいくつもの深いしわが刻まれ、体は枯れ木のように痩せ細った老人だ。  ダンザライトの仕事はホルダーの世話係である。ホルダーの隣で待機し、さっそく仕事を始めた。  ホルダーの様子を確認する。脈拍、呼吸に異常はない。表情は穏やかで体調不良は見受けられない。  しかし気になることがあった。ホルダーが一点を見つめていることだ。ダンザライトが横に立とうが目もくれず、バルコニーからの景色を眺めていた。
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