清流と泥水

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清流と泥水

 求められていたのは「キレイナオト」だった。  乱れないロングトーン。最後の最後まで丁寧な音処理。音割れしない程度の心地よいフォルテッシモ。いざ合奏が始まれば、求められているのは調和。メロディラインを壊さない音量。正確な裏拍。寸分の狂いのない和音。「キレイナオト」が、私には求められていた。  誰もいない体育館裏で、思いっきり音を鳴らすのが好きだった。全力で息を吸って、吐いて。音割れなんか気にせず出す音は気持ちがいい。ラッパ部分が振動する。それすらも心地よかった。  私の音はキレイなんかじゃない。爆音に物を言わせた、乱暴な音色だ。好きな曲もバラードではなく高音とスライドを激しく動かすアグレッシブなタイプで、自由時間にそれを一人演奏するのが好きだった。 「梅見さん。あなた、悪目立ちしすぎ。もっと丁寧に音処理をして」 「梅見さん。ここは緩急の緩なの。バリバリ音を鳴らすのはここじゃないでしょ」 「梅見さん、何度言ったらわかるの? トロンボーンは裏拍が仕事。ここは爆音で目立つんじゃなく、正確なリズムが必要なの」  ーーああ、うるさい、うるさい、うるさい!     
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