いち

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「じゃあ6時に駅裏のコンビニ前集合なー」 みんなの都合が考慮された結果、少し遅めに決めた時間と教師に見つからなさそうな場所を全員に伝え、俺は鞄を手に取った。 (あ…また) 早く行こーぜー、と急かす翔太たちを適当に受け流しつつ俺の視線は教室の隅、不自然に盛り上がったカーテンを捉えていた。 ー試験が終わり、祝福の鐘が頭に鳴り響くクラスメイトたち。それらを一切遮断するかのごとく遮光カーテンの陰に隠れて本を読む人影。五月らしい陽気を真っ向から否定するかのようにしっかりとブレザーを着込んだそれは、ただでさえ他より薄く見えるというのに陰に相まって余計いるかいないかわからなくなる。 「…七瀬、」 彼…七瀬の前まできた俺は、恐る恐るその名を呼びかけた。しかし本に完全に目を奪われている彼はまったく気づかない。否、ヘッドフォンのせいか。今俺の目の前のカーテンの陰で丸くなっているこの男は、例えば今日のように試験日など特別な日でもなければ常時大きなヘッドフォンを装備しているという変わった奴なのだ。華奢な体に白い肌、淡い茶色で少し長い髪、ニコリともしない顔に伏せられたまま滅多に上がることのない目。どこか儚さを醸すその容貌とは不釣り合いなそのヘッドフォンは、彼と周囲の人間との間に巨大な壁を築き上げている。
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