ビルの足跡

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「死に場所探して上がってきたんだ。でもなかなか決心がつかなくて、あちこちためらいながら歩いたんだよ。けど、屋上に出てやっと腹が括れた。ここから飛び降りる腹がさ」  今の今まで何もなかった遠くの地面に、ふいに真っ赤な色が広がった。その赤色の中心に人らしき姿が倒れていて、けたけたと笑い声を上げる。  俺も同僚も動転し、声もなくその場にへたり込んだ。それからしばらくして笑い声は聞こえなくなっか打、俺と同僚は長いこと立ち上がれず、ようやくどちらからともなく手を貸し合って立ち上がった時、ビルの下の地面は、最初に見た時と同じ、何も異常のない状態になっていた。  会社には見たままを報告した。むろん上司は信用してくれなかったが、直後に依頼主から電話があり、何か見なかったと聞かれた。だから見た通りを話したら、謝礼はするからビル解体の話はなかったことにしてくれという通達が寄せられた。  ビルから飛び降りたと自ら言っていた謎の声。その件をビルの持ち主はどうやら知っているらしい。だから解体前の下見の報告を聞き、解体自体を取りやめたのだろう。  あのビルで自殺した人物は、いったいどんな因縁をあのビルに抱えていたのか。あるいは因縁ではなく、ただ、死んだその場に気持ちが残り続けているだけなのか。  取りやめになって以来、二度と解体依頼が訪れない廃ビル。その側を通りかかるたび、俺の意識にはその疑問が立ち上っている。 ビルの足跡…完  
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