29人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
「ここかな……普通の家って言ってたから」
「一緒に行ってもいいか」
「馬鹿言うなよ、兄ちゃん!バイト先に家族と挨拶に行くなんて聞いた事ないし、俺、もう二十四だぞ」
表札には田神と書いてあるだけで、ここだけ区画が広く鬱蒼と茂る木々の中に、漆喰の壁と茶色い屋根の平屋が建っている。
車から降りると、どこからともなくスッとした香りが漂ってきた。ローズマリーだ。目の悪いクライアントのために、庭に植える花も香りの強い物を選び、ハーブだらけにしている変わり者と教授は笑っていた。
玄関まで行くが、そこには呼び鈴がない。あるのはライオンが輪っかを咥えているドアノッカーだけだ。それを鳴らすと小気味良い音がして、子供のような声が中から聞こえた。
「はーい」
「伊月君、待って。私のお客様だよ。多分、桐生君だ」
ドアが開き、出てきたのは真汐が想像していたよりもずっと若い男だった。こんなにも熱心に広い庭の手入れをするのだから、教授くらいの年齢かと思っていたが、京介よりも若い。
「長谷教授から、伺うようにと言われて来ました。桐生 真汐です」
「田神です。桐生君、ちょっと待ってて。……伊月君、忘れ物はない?」
「ないよ。あってもすぐ取りに来るから」
「もう暗いし、危ないから。忘れ物してたら家まで届けるから、連絡ちょうだいね」
「この時間で、暗いんだ。そんな季節なんだね」
白いダッフルコートに赤いマフラー。玄関先で靴を履いていた伊月と呼ばれる少年は、人形のように白い肌をしていた。
最初のコメントを投稿しよう!