第1章

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 真昼の新宿駅の東口から古書塔へ赴く。  町の人々はしなびた古本屋を古書塔と呼んでいた。  何故、古書塔と呼ばれているのか。と、私は古書塔でアルバイト経験のある友達に聞いた時がある。それは、ガラス越しから見える薄暗い店内に、しんみりとした日蔭が射す新刊コーナーには、いつも町の人々が売っている新刊の本が塔のように聳えているからだという。  半年前からだ。  うちのクラスの男子が古書塔で働きだした。  私の友達と同じく学校側には、何も言わなかったらしい。  そんなに本が好きな人たちは、私は知らない。  確かに、紙に印刷された本には独特の匂いがある。  本は、人の手の一部になるときもあるだろう。古本屋に売っても人生の一部になるときもあるだろう。家の本棚にいつまでも置いてある時もあるだろう。  だけど、私の手のスマホには電子書籍という文字の羅列が星の数ほどあった。  昼間の空腹も気にせずに、ひたすら古書塔を目指し○クドナルドや大型チェーン店の牛丼屋を通り過ぎる。  風のない穏やかな日々だった。  行き交う通行人の顔は皆、いつも通りだ。  メガネ屋とコンビニに挟まれた古書塔が見えた。  日陰に覆われたガラス扉を押し開けると、古本屋独特の古びた本からのカビのような匂いがしてきた。 「いらっしゃいませ……」  同じクラスの雪 市ノ葉がレジの近くの椅子にまたがっていた。目線は完全に本の文字に注がれていた。  そんなに活字が好きなのだろうか?  私は不思議に思った。  所詮、人が書いた字だ。  写真や画像ならわかる。  しかし、どんなに立派な人でも、字では写真のようにこの世や人物は表せないはずだ。 「あのね。そんなに学校辞めたいの?」 「ふえ?」  本から目を離した雪は、私の顔に気付いた。  雪はくりくりとした目とは対照的に、いつも皮肉を言いたそうな唇をした。前髪の長い男子である。 「なんだ。科島か。ここの場所で働いているのがよくわかったね」 「なんだじゃなくて。うちの学校は厳しいから誰かに言いつけられると、困るんじゃないかしら?」  学校側は生徒のアルバイトを禁止していた。  雪は本しか興味のない変わったクラスメイトである。でも、学級委員の私から見ると普通過ぎる真面目な男子だった。 「活字はいいね……。人から人へ色んなものを伝えることができるんだ。感情も思考も笑顔も」 「はあ?」
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