第1章

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 私はミステリのトリックに夢中になることはあるけれど、その時にしか面白さを感じなかった。パズル遊びに似ている。けど、大したことなんてなにもないのに。 「もうそろそろ。店主が来るぞ。帰ったら」  雪は再び本へと目を優しく注いだ。  私は溜息をつくと踵を返した。  この古書塔にはとても怖いおじさんがいた。  名前は誰も知らない。  確か小熊と言われたことがある。  万引きをしそうな人は店主の顔を見ただけで震え上がった。  もうそろそろ、お昼休みだ。古書塔の隣のコンビニでパンと缶コーヒーを二人分買った。  雪は学校の中では、一番成績優秀だった。  学級委員だからではなく。そんな雪のことを心配するのは、普通のことだと私は思っていた。  休憩時間の交代のために小熊が店内をうろついていた。  小熊のような体格に小さい顔。  しかし、人相はとても悪いと聞いた。  私はレジへ向かうと、一人分の昼食を雪に渡した。 「ありがとう……」  雪はやっと本から目を離し、パンの入った袋をぶら下げると椅子から立ち上がった。この古書塔には二階がある。狭い二階だが店員の休憩室を兼ねた小熊のねぐららしい。  普段は女子の店員は二階は使わないと聞く。  それほど、むさくるしいのだろうか?  私は雪の後を追って二階に続く古木の階段を上がった。雪はめんどくさそうな顔をしてこちらを見ながら二階へと上がる。  狭い二階の部屋は意外にも清潔だった。パイプ式のシングルベットが片隅にあるのと、小型の冷蔵庫とガラステーブルが中央に設置されてある。しかし、部屋の片隅には場違いな大きさのサンドバッグが吊るされているのと、床に転がる鉄アレイがあるので、これが小熊のねぐらだと誰でもなるほどなと思うだろう。  雪はガラステーブルの頑丈な椅子に座ると、袋を開け缶コーヒーを無造作に取り出した。飲む前に思い切り何度か振って、蓋を開ける。 「学校にはバレないようにするからさ。誰にも迷惑なんてかけるわけじゃないし。だから、俺がここにいることを誰にも言わないでほしいな。科島は本屋で仕事する人間って、どんな人だと思う?」  私もガラステーブルの座り心地の悪い椅子につくと、袋から缶コーヒーを取り出す。 「本好き?」  雪は頷き。 「なんだ。知っているんだ……」  それから、私は学校を抜け出しては毎日のように古書塔へ赴いた。
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