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そうこうしているうちに、2人は駅に到着しました。
お互い帰るべき場所への切符を買い、改札も通り、あとはそれぞれが乗る電車が来るホームに行くだけです。
「それじゃあ、また来年」
「うん、また来年」
浴衣に身を包んだ幸せそうなカップルが駅構内を行き交います。そんな中、彼らは努めて明るくそう口にしました。
織姫が彦星に背を向けます。彦星はだんだんと小さくなっていく背中に駆け寄りたい衝動に駆られました。だけど足は動きませんでした。ここで彼女を呼び止めることは永遠に彼女と出会うことができなくなるということに繋がりかねないと思ったからです。
しかし、そんな彦星の憂慮をよそに、織姫が進めていた足をピタリと止めて、こちらに振り返りました。
驚く彦星をよそに、織姫は小走りに彦星に元に戻ってきます。
「どうした?」
彦星が問うと、織姫は手のひらを下にして指先を数回動かします。
「ちょっと耳貸して」
彦星はなんのことか全くわかりませんでしたが、言われるがまま彼女に耳を近づけていきます。
そして、次の瞬間には彦星の唇におおよそこの世のものとは思えないほど柔らかくて心地よい体温に満ちたモノが触れました。
たちまち顔が真っ赤になる彦星。織姫も言わずもがなでした。
彦星が何かを言おうと口を開きかけました。しかし、織姫はその口を自分の人差し指で塞いでしまいました。
そして、数秒間そのままの状態でいたかと思うと、本日何度目になるかわからないイタズラっぽい満面の笑みを浮かべました。
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