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テイはやや強気に云ってのけ、婆を困らせないでくださいなと笑った。果穂子も困って結局微笑む。
「風が出てきましたのに。すぐ外に出ようとしなさる」
小さく結った灰色のまげを直しながら、お気持ちは分かりますけれど、とテイはちらりと池を見やった。池面には変わらず美しい色たちが浮き沈みしている。
「だって」
果穂子は敢えてテイの視界を遮るように袖をひらめかせながら彼女の前に出る。
「その風がわたくしには心地好いのだもの」
まあまあ、とテイは呆れたように笑い、果穂子は何故かほっとする。
それで、なにか御用事ですか、との果穂子の問いにテイが「そうでした、お客様が──」と答えかけたときだった。またしても邸の方から声がした。今度は溌剌とした若い娘のものである。
「果穂子さんはほんとうにこの池がお好きね」
現れたのは伊玖子であった。市松模様の着物に海老茶の袴という出で立ちである。良くいえばモダンな、悪くいえば奇抜な──要するに最先端の恰好。新しいものにいち早く飛びつくところが好奇心旺盛な伊玖子らしい。顔立ちが華やかな伊玖子にはその服装がよく似合っているので妙な感じはない。勝ち気な笑みを浮かべてこちらにやって来た。
「伊玖子姉様」
思わず声音が高くなる。
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