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そうしていくぶん寂しそうに微笑んだ。
「伊玖子姉様はこうしてよくわたくしの所へいらっしてくださるもの。わたくしはそれで充分」
「ほんとうに? 」
「ほんとうに」
だってあなた、さっき婆やに云っていたじゃない、と伊玖子は食い下がる。
「お姫様と呼ばないでって。わたくしはもうお嬢様ではないって。それは」
「だって事実ですもの」
聞かれていたのか、と肚のうちで果穂子は苦く感じる。果穂子自身、自分に突然降りかかったこの境遇をどう処理したら良いのか、ほんとうはよく分かってはいなかった。ほんとうはよく分かってはいないから、だからついこの池へふらりと来てしまう。
「──果穂子さん、 」
しばらく黙っていた伊玖子は血色のよい頬を膨らませ、果穂子の着物の袖をつんと引っ張った。なあに、それ──、伊玖子は異議あり、と云いたげな声音で果穂子に反論する。
「あなた、駄々っ子みたいよ」
膨らませた頬のままじっと円い眼で見つめてくる。その顔が齢に似合わずあまりに愛らしいので、先程までの気持ちも忘れて果穂子は思わず声を出して笑ってしまった。つられて伊玖子もくすくす声を漏らす。
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