恋をする生き物

5/12
前へ
/12ページ
次へ
「明日香ちゃん、ほら、もっと食べて」    賑やかな気配。食器のかすれる音。コトン。お皿が置かれる。どこかはずんだ楽しそうな声がする。 「ありがとうございます。いただきます」  さっきのは母さんの声。もう一人は……? 珍しくお客さんでも来ているんだろうか。 「健! いい加減起きなさい! もう本当ごめんなさいね。明日香ちゃん」 「いえ。大丈夫です。あ! これ、おいしい!」 「嬉しい。よかったわぁ。遠慮せず、どんどん食べてね」  甘ったるい砂糖菓子のような声。女の子特有のふわっとして、笑い声は鈴の音みたいな。 「それにしても、明日香ちゃん綺麗になったわね。こんな子が幼馴染だなんて、健は幸せね」  幼馴染? 「――痛っ!」  激しい頭痛に襲われる。頭に手をやろうとするが、腕がひどく重い。  体中がガチガチに固まって、石にでもなっていた気分だ。 「健? 大丈夫?」  心配そうに、リビングのソファに寝そべる健を覗き込む人影。  頬に触れるヒヤリとした感触。  その氷のような冷たさに、既視感を覚えた。  痛みできつく瞑った瞳を開く、照明が逆光になってとても眩しい。  白く霞む視界の中、浮かんだのは女の子。  その女の子の手が、そっと健の頬に添えられていた。 「……明日香?」  健は何故かその見知らぬ女の子を、知っていた。  遠い昔から、知っていると、今や痛みの治まった頭が告げていた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加