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「ギリギリだったね。おかえり、カイ」 「ただいま。はー、焦った……」 カイと呼ばれる少年が立っている場所より少し高くなった段差の上にかけられている薄い半透明の布の奥から、一人の青年が姿を現す。にこやかな笑みを浮かべる左目の下には小さなほくろが三つ横に並んでいた。 「キューさん、もうこの傘だめかも。きしきし言うし動きも悪い」 キューさん、と呼ばれた青年は、頭頂部以外綺麗に刈り上げたシルバーに果てしなく近いグレーの短髪を軽く右手で梳ってから、長いまつげをしばたかせる。中層区画に住む人々は、親しい人とは通称名を呼びあって暮らしていた。この青年も中層区画に住む人間で名前はないが、キューシャと名乗って生活している。 家の天井に頭をぶつけてしまいそうな程に高いその背の後ろから、ひょっこりと小さな影がカイを覗く。 「……おか、えり」 「ただいま、サヤ」 サヤ、と呼ばれた少女はカイに頷き返してまた家の奥へと駆けていった。綺麗な長い髪がふわりと波打って遠ざかる。サヤが奥へと走っていくの見届けてから、キューシャは「傘のことだけど」と話を戻す。 「きっと油が切れちゃったんだね。ちょうどそろそろ雨の時間だし、終わってから……」 キューシャが全てを言い終わる前に、窓の外に大きなサイレンの音が響きアムルンの空気を裂いた。
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