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「雨だね」
キューシャは言いかけていた言葉を続けることなく仕切り布の奥へと戻っていく。カイは靴を脱いでそのあとについていった。煤や泥ですっかり汚れた靴から引き抜かれた足は、ひやりとした固い床を軽快に進んでいく。
大きなパイプが上やら横から貫通している室内は、ナトリウム灯と同じあたたかい色の光を放つランプに照らされていた。
出窓に乗り出して、サヤはじっと家の外に目を凝らしている。透き通ったさらさらの髪が、ランプの明かりを吸い込んでつやめく。結ばれていない背まで伸びたストレートヘアは、上層区画からこぼれてくる白い光のように美しかった。
「雨、来た?」
カイがそばに近寄り声をかけても動じずに、サヤは静かに首を振るだけである。丸く幼い瞳は、ヨウ素にヘキサンをくわえたような色をきらりきらりと躍らせて、決まった時間に起きる不思議な通例を心待ちにしていた。
間もなく、アムルンを包むほどの大きなバケツをひっくり返して、中に入っている液体を思い切りぶちまけたような大きな音が窓を刺激する。勢いよく降ってきたそれは酸化銀をさらに濃くしたような色のもので、出窓に着くと粘り気のある動きで透明な窓を滑り降りていった。
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