57人が本棚に入れています
本棚に追加
「もう十分生きにくいところなのに、これ以上窮屈にされちゃ息もできなくなるわよ。全く。……面白そうな話があったら、次からはここにお邪魔することにしようかしら」
「それが今のところは一番安全ですね。おねがいします」
「はいはい。あ、そうだ」
椅子の背もたれに肘をついて、ノダがにやりと口の端を歪めた。
「研究生から面白い話を聞いたのよ。いつも複数人の話し声がするチャイの家があるんだって。気にならない?」
「へえ?」
コグレは眉を寄せる。
「今度一斉にチャイへの情報収集がはじまるでしょ。そのときにちょうどうちの研究生がそこの家がある区画の担当に当たったの。これ、あなたが代わりに行ってみない?」
「どこの家ですか?」
「<88B5>」
「<88B5>……?」
コグレは少し考えてから首を傾げた。
「確かそこに住んでいるのは、ペア無しチャイでは? まだ中層に残っているんですか? ペアが死亡した場合は担当者が下層へ誘導するはずでは?」
「さあ。今処理中なんじゃない? でも、ペアが死んだ時点で資料は回収されちゃったみたいで、なんにも残ってなかったけど。どう? 興味ある? 詳しく教えてあげてもいいわよ」
コグレはゆっくりと瞬きをする。
「明日の、報告会の後に、お願いします」
「はあい」
ノダは口先を歪めたまま「それじゃ、お邪魔しましたあ」と語尾を伸ばして部屋を後にする。態度のわりに丁寧に閉められた扉の音と同時にコグレの顔には影が落ちた。ロッコはノダが消えた方向に一つ礼をする。
「旦那さま、お茶の用意をしてまいります」
「ありがとう」
ロッコが出ていき、静まり返ったその部屋で、コグレはノダが座っていた席に目をやった。この家へ来る度にロッコを可愛がる彼女が、彼と変わらない、もしくは彼より少しだけ年上の少年を仕事の対象として追いかけることは、苦痛ではないのかということが気がかりだった。つい最近まで一人のチャイの手術をひどく引きずり落ち込んでいたことを、噂で聞いていたせいもある。
「……」
自分の手のひらをじっと見つつ、開いて、閉じてを繰り返す。
「生まれも育ちも、選んで生きることはできない……」
最初のコメントを投稿しよう!