プロローグ

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そして夢のようであるからこそ、夢のままで終わらせたい。相手はケースには手を伸ばさず、男の目を睨むように見た。日光を吸収して眩いほどにかがやくその目は、生きている人間の目だと感じざるを得ない。自分の肩に重くのしかかる防護服が、棺のようにさえ思えた。 白や黄色、ピンクなどさまざまな色の小さな花が、一面に広がっている果てのわからない芝に集まり仲良く風に揺れている。目を焼いてしまいそうなほどまっすぐな明るさを持って生きている芝を、六十キロをとうに超す重量で踏みつけて、相手は呆れたようにため息をついた。 「俺はもう少し、お前と話したかったけどな」 心からそう思っているのか疑問に感じるほどにぶっきらぼうにそう言うと、透明なケースを受け取って男の後ろにある扉へと足を動かす。重みに下敷きにされた草が悲鳴をあげるのも構わずに、苔だらけでくすんだノブに手をやって鉄の塊をこじ開けた。 「……」 男は振り返ることも、何か声をかけることもなく、足音が遠ざかっていくのをただ耳で確認する。金属が擦れる音、かさばる防護服が壁に当たる固い音、コンクリートから鉄筋に変わる地面を進んでいく靴音が、ほんの少しだけ名残惜しい。
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