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固い靴底が鉄筋に当たり響く音が扉の向こうへと消えて、重い鍵がかかる耳に痛い高音が聞こえると、男は完全にそこにひとりぼっちになった。先ほど脱ぎ捨てた防護服をつかんで、脇に流れている小川にその裾をわずかに浸す。
「わあ……」
日の光を白く反射して滑らかに輝く美しい水面は、服が触れた瞬間じゅわりと化学繊維を解きほぐした。それは一瞬のことで、男が幼いころになめた角砂糖が見せた一面によく似ていた。肩をすくめながらも楽しそうな声色で服を小川から離す。
大きく息を吸えば吸うほど鼻をつく個性的な香りは、慣れないものの不快ではない。むしろすっきりさえするように男には感じられた。足をさらに遠くへと数歩踏み出して、その場に座りこむ。その勢いのまま大の字に寝転がった。がくがくと震えた足など気にならないのか、満足気なため息をついてそっと目を閉じる。
久しぶりに閉じたように錯覚するほど心地の良いまどろみは、息をすることも忘れてしまうほどの深い眠りへと男を誘う。それは、とても甘い、人生に一度の貴重な誘惑だった。
ーーー
扉を完全に閉めて、簡素だが重い鍵をかけなおす。
扉の向こうから射しこんできていた眩しい光がなければひどく薄暗いその場所では、どこからとなく金属を打ち付ける音が耳につく。目の前にある階段を数段下りつつ、頭を覆っていたヘルメットのようなかぶりものを脱ぐと小さく舌打ちをした。
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