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長いまつげを伏せて首筋を鳴らすと、男性は目の前の人物に目だけで応じる。強引に口角を引き上げたかのような笑みは、彼の神経を逆なでるだけだった。
「舌打ちだなんて、つれなくないですかねエ。わたしとあなたの仲なのに」
「舌打ちする程度の仲だろうが」
黒く分厚いコートを着た長身の男性はにやりと笑みを浮かべながら、楽しそうに「ふふ」と笑う。防護服を着たままの男性は必要以上に反応しないつもりなのか、何も返事をすることなく、後ろでまとめている自分のやや長い髪を指でくるりとくしけずった。楽しそうな男の低い声は耳の中でうごめく多足類の昆虫のように、不愉快な気持ちをあおるだけである。
「さてはてそれで、話に上がっていたのはその箱の中のものですかな?」
「……」
「フフーン、沈黙が何よりの肯定ですからねエ。では、いただきましょうか」
柔らかい髪をさらりとなびかせて、黒いコートの男は、同じ黒い手袋に包んだ左手を差し出した。男性は何も言うことなく、納得しきれていない表情のまま先ほど扉の向こうで受け取った透明なケースを手袋で黒くなっている手へと渡す。
「手筈通りに、頼んだぞ」
「もちろんですよ。お任せアレ」
押し殺したような声で一言こぼした男性の言葉は、生きた人間らしい、そんな醜さと美しさがあった。黒いコートの男は低い声で、しかしそれでいて楽しそうに返答すると、ケースを抱えて早足で暗がりに溶け込んでいく。その軽快な足音が遠ざかるのを耳にして彼はもう一度、自分が着ている防護服が、棺のようだと感じた。
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