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普段と何ら変わらない優しい言葉をかけると、少し困ったように笑う。セトリの底なしの優しさには、夜がよく似合っていた。 「そうだね」 いつもの半分もないほどの声量で落ち着いた返事をすると、リッサはセトリに続いて家の中へと入っていく。艶やかな薄紫の髪をさらりと流す微かな風は生あたたかいものの、どこか肌寒さを感じさせるものだった。 ーーー 薄紫色の髪を布の隅からちらつかせてサレサがそろりと階段を上がっていくのをじっと見ているリッサと、それを心配そうに横目で見守るセトリ。リッサの家の上からそのようすを見ていた人物が、フンと鼻で笑った。 黒いように見える吊り上がった目が、二人のそばにあるナトリウム灯に向いた。白いTシャツの裾を掴んでぱたぱたと仰ぐと、一つ小さくあくびをする。ズボンのポケットから通信機を取り出して一瞥すると、首筋を鳴らした。 「あーあ、ばかみてえ」 目を細めて一言吐くと、その人物は軽い身のこなしでナトリウム灯が生み出している影に飛び込んで姿を消す。やわらかな髪質がその風でふわりと揺れると、家々の暗がりに飲み込まれていった。 セトリやリッサも家の中へと入っていき、開いた裏口から通路に差し込んでいた明かりは途絶えて、アムルンに深い夜が訪れた。
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