檻の中

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―――――――――――――――  混乱が頬を撫でた。  目の前の光景に理解がまるで追いつかず蓮田壮介はただ立ち尽くす。  日本地獄協会本部。執行官用官舎。405号室。現実世界においてキルコ・コフィンズと蓮田壮介が住んでいる部屋である。  しかしここは。窓の外の灰色な風景。そしてリビング、テーブルの席。  「どうした、”俺”。座れよ」  向かいの椅子を指した”蓮田壮介”を見て再確認。  ここは現実世界ではない。  「………………」  従うべきか、このまま言葉を交わすべきか、それとも逃げ出すべきか。壮介は少し考え、黙って椅子を引いた。座りながら口を開く。  「お前は魔導か?」  自分と一寸たりとも違わない顔へつっけんどんに、そして直球に問いかける。彼の目が可笑しそうに細くなった。  「いいや、違う。そう警戒すんなって。俺はお前の味方だぜ?」  軽い口調で彼は笑う。その声と表情に悪意は感じられないが、しかし得体の知れない不気味さはひしひしと伝わってくる。目の前で自分と同じ顔が笑っているのだ、不気味じゃないわけがない。  いつもならばキルコが座っている場所にいる”自分”へ壮介はさらに言葉を投げかける。  「じゃあちゃんと全部話せ。お前は何だ? ここはどこだ? 何のために俺はここにいる?」  明晰夢、というものを壮介は聞いたことがあった。意識を保ったまま見ることのできる夢。実はこれもそうなのではないか、と。そんなことを思いながら彼が「おーおー」と答えるのを壮介は聞いた。  「欲張りだな、おい。そんな一気に訊くなって。一つずつにしてくれよ。最初は何だっけ?」  ふざけたような態度で回答を遅らせる”蓮田壮介”に対して何とも奇妙な苛立ちを感じながら。壮介は仕方なく繰り返した。  まずは彼を指さして。  「お前だ。一体何者だ?」  もしここで「夢だ」などと答えてくれればどんなに安心できただろうか。しかし彼は壮介の思考をかき乱す。
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