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「……ケンジ?
さっきから、どうしたお前?」
こちらを覗き込むようなトウヤの怪訝な顔。
「トウヤ……頼みがある。
お前に、見せたいものがある。
今から部屋に来てくれないか」
いきなりこんな妙な事を言い出す俺をどう捉えたか。
ただトウヤは、こちらの真意を量るかのように視線を外さない。
ちらりと窺えば、ひどく冷淡と見受けられるほどの眼をしている。
昔から、トウヤはこういう眼をする。
一見すれば、気易い――人当たりの良さそうな仮面。
しかし、そんな眼をする時のトウヤこそが本来であると知っている。
トウヤは子供の頃から賢すぎた。常人離れしていた。
対応力というか、機転というべきか。
普段はそんな素振りを見せないが、窮地に陥った時のその回避能力が異常だった。
それを俺は経験則で知っている。
そんなトウヤだからこそ、縋る思いで呼び出した。
けれども、それだけが理由じゃない。
あれは小学3年生の頃――
当時、ハムスターを飼っていた。
厳しい母の元で育てられた故に、贅沢やワガママが許された記憶がない。
そんな俺が、必死の思いで買ってもらったペットだ。
その際、ちゃんと自分で世話をすると約束した。
にも拘わらず、一週間と経たず、自らの不注意で死なせてしまった。
その時、俺の心にあったのは、死なせた罪悪の恐怖ではなく――
ただ只管に、事がバレた時の母親への恐怖であった。
母はヒス気味で、恐ろしい性格だった。
幼い頃のその母の仕打ちは今でもトラウマだ。自分はいつか母に殺されるとさえ何度も思った。
だから、約束を破った事への恐怖が先行した。
その事を親友であるトウヤに泣きながら相談した。
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