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最近、火曜日と木曜日の朝、腹を下すことが多い。
原因は明らかで、狩野課長が来る日だからだ。俺も結構、メンタルが弱かったらしい。
夕方、引き継ぎにやって来る狩野課長とは挨拶を交わす程度で、仕事上の接点はほとんどない。
同じフロアにいて、隣の島だから姿がよく見えるというだけ。ただそれだけなのに、あの長身が嫌でも視界に入って来て、俺の心をかき乱す。
「堂本くん、ちょっといいかな? プライベートな話だから、忙しいようなら後でもいいんだけど。」
狩野課長が声を掛けて来たのは、仕事がちょうど一段落ついたところだった。ちゃんとそういうタイミングを見計らって声を掛けて来たのだろう。
「大丈夫です。自販機コーナーでいいですか?」
立ち上がった俺と狩野課長を、訝し気な顔で林原が見上げた。その視線を跳ね返すように、ちょっと休憩行ってきますと断ってから歩き出した。
長い脚でスタスタと歩く狩野課長の半歩後ろを行けば、悶々とする俺の心なんか置き去りにして、すぐに自販機コーナーに着いてしまった。
「この間言われた、彼女に会ってくれっていう話だけど。……実は今日、断るつもりだった。」
狩野課長が切り出した話の流れに、俺の鼓動は駆け足を始めた。
【でも】という逆接の接続詞が続くだろうことは、国語の成績が悪かった俺でもわかる。
「でも、こっちに来る途中、電車の中から交通事故の現場が見えて気が変わった。」
「そうですか。」
俺はそんな相槌しか打てずに、やけに口の渇きを覚えて生唾を飲み込んだ。
「うん。人間、いつどうなるかわからない。だから、このままじゃいけないと思い直した。……会ってもいいかな?」
「是非……会ってやって下さい。」
俺は心とは裏腹なことを口にしていた。
本当は2人を会わせたくない。
――あの日、たまたま事故現場を狩野課長が目にしなければ、美月と俺の未来は変わらずにいられたのに。
そんな風に運命のいたずらを恨みたくなる時が、いずれやってくるような気がした。
きっと星の巡り合わせなんて、ほんのちょっとしたことで簡単に狂ってしまうものなんだ。
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