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信号が青に変わって男性と一緒に歩き出す。
「あ、俺が持ってもいいですか?」
と傘の柄に手を伸ばしてきたので、
「ああ、そうですね。じゃあ、お願いします。」
と答えて傘を渡した。
彼との身長差が大きかったので、私が持っているのは正直きつかった。
「こんなに降るとは思わなかったなぁ。」
甘いテナーが耳をくすぐる。
「そうですね。」
と相槌を打ったものの、天気予報は曇り一時雨だったことを思い出す。
だから、私も周りの人たちも長い傘を持っている。
それなのに、この人は折り畳みも持っていなかったんだから、うっかり屋さんだ。
「でも、おかげでこうして相合傘が出来たんだからラッキーだな。」
声は落ち着いているのにセリフがチャラくて思わず顔を見上げると、ニコッとまたあの笑顔を見せた。
笑った途端に幼くなってかわいく見える。
「そうですね。これも何かのご縁かもしれませんね。」
男の人をかわいいなんて思ってしまった自分に動揺して、ついお年寄りのようなセリフを口にしてしまった。
1つ目の信号ではひっかからずに、そのまま青信号で進めた。
次の信号の手前のお店ってどの辺りかなと少し先を見ていたら、
「どうもー。」
と後ろから女の人の声がした。
思わず立ち止まって振り向くと、白いワンピースを着た女の人が私を見て微笑むと軽く会釈した。隣の男性も立ち止まって彼女を見ている。
私はその女性の顔に見覚えがなくて戸惑った。
スラッとした長身の美人さんで、怪しい人には見えない。こんな雨の日にキャッチセールスでもないだろうし。
「えっと?」
私は曖昧な言葉を口にしながら、彼女と同じような微笑みを浮かべて彼女を見つめた。
「ありがとうございます。入れてもらっちゃって。」
彼女はそう言いながら、私の隣の男性を見た。
え? どういうこと?
頭の中に疑問符が溢れてくる。
「いえ。」
かろうじてそれだけ言うと、彼女から隣の彼に視線を移した。
彼は私を見つめ返してまたニコッと微笑むと、前に向き直って『歩くよ』というように私に目配せした。
わけがわからないまま、また私は彼と並んで歩き出す。
視界の隅に時々入る白いワンピースは、何も言わずに私たちの後ろを歩いている。
これはもしかして、もしかすると……
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