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「あのう、お連れさんなんですよね?」
チラッと後ろの彼女を示しながら、隣の男性に恐る恐る訊いてみた。
「彼女。」
何の抑揚もなく答える声は甘さ控えめだ。
いやいや、”彼女”?!
てっきり同僚とかその程度かと思ったのに。
「え?! うわぁ、ごめんなさい! 私、とんでもないお節介しちゃいましたね。」
本当は立ち止まって2人に謝るべきなんだろうけど、男性が歩き続けているので彼にだけ話しかける感じになってしまっている。
それにしても穴があったら入りたいというのは、このことだ。26年生きてきて初めてわかった。
「そんなことないよ。あいつ、怒って傘に入れてくれなかったから助かった。今も入れようとしないだろ?」
そう言われてみれば、彼女はただ黙って後ろを歩いているだけだ。
つまり、私はこのカップルのケンカに図らずも首を突っ込んでしまった大バカ者ってわけか。
次の信号までがやけに遠く感じる。
彼女と一緒にいる男性に対して相合傘に誘っておしゃべりしながら歩いているって、どう考えてもおかしい。
しかも、彼女は自分の存在をわからせた上で、私たちの後ろを歩いているのだ。
いっそ最後まで黙っていてくれれば良かったのにと思ったけど、やはり彼女としては目の前で必要以上に馴れ馴れしくしてほしくないから声を掛けたのだろう。
それなら、ありがとうございましたと言って、彼を自分の傘に入れれば良かっただろうに。
そうしたくないほど怒っているのだろうか。
私が悶々としている間も彼は私に世間話をして、私は適当に相槌を打ちながら彼女のことを意識していた。
「ああ、この店だ。どうもありがとうございました。」
彼の甘い声が私を針のむしろから解放してくれた。
おしゃれな感じのバーの前で立ち止まると、彼は私に傘を返して頭を下げた。
お店のドアの前で、後ろにいた彼女がすっと彼と並んで私を見た。
相変わらず自分の傘に彼を入れようとはしない。彼も入ろうとはせずに、また濡れたままで私にニコッと笑いかけた。
ここまでされて微笑んでいられるなんて、余程出来た人なのかMなのか。
「いえ、お邪魔しました。」
私はペコリと頭を下げると、とっとと逃げるように歩き出した。
傘の柄が温かい。冷えた指先に彼の温もりが伝わってくる。
――おかしなカップル。おかしなヒト。
でも、一番滑稽なのは私かもしれない。
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