ランチを君と

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「いや、俺もさっき来たところ。こんにちは、広木さん。いつも美月がお世話になっております。」 私の頭をポンと撫でてから、兄が広木くんに軽く会釈した。 兄が彼の名前を知っていたことに驚いたのは私だけではなかったようで、広木くんの左眉がピクリと上がった。 「こんにちは。こちらこそ美月さんには女房役としていつもよくしてもらっています。」 広木くんの言い方に何となく含みがあるような気がしたのは、私の気のせいだろうか。 「広木さんも食べに行かれるんですか?」 「いえ、僕はいつも弁当なんです、美月さんと一緒に食べたくて。今日はお兄さんにちょっとご挨拶をと思いまして。」 やっぱり気のせいじゃない。 私と一緒に食べたいからお弁当?   初音や私には、お弁当だと節約になるし健康のためだと言っていたのに。 「それはわざわざどうも。じゃあ、美月、行くか。」 「うん。じゃ、広木くん、行ってきます。」 広木くんに手を振って兄と並んで歩き出したけど、兄は黙ったままだ。 「何なの? あいつ。」 少し離れたところまで来て、やっと口を開いた兄は苦々し気に呟いた。 「広木くんって怖いぐらい鋭い人なのよ。……さっきも『お兄さんと堂本さんとどっちが好きなの?』って訊かれちゃった。普通、そんなこと訊かないよね?」 「何て答えた?」 「どっちもって。家族であるお兄ちゃんと、恋人の慎一とじゃ、比べようがないもん。」 たぶん、これが対外的にも当事者2人に対しても正解だろうと思った。 いつも会社の人たちとは行かない裏通りの方へ歩いて行く兄には、目的のお店があるのだろう。 お任せ気分で何も考えずについて行く。 「夕べ、あいつに抱かれたんだろ?」 ”あいつ”が広木くんのことではなくて、慎一のことなのは明らかだ。 カッと顔が熱くなるのがわかった。 「そういうこと、訊かないで。」 「喜んだだろうな。急におまえが泊まりに来て。」 「うん。実は彼、会社の女の先輩に気に入られちゃってて。夕べ、慎一の家まで押しかけて来たんだって。」 「は?!」 兄がピタッと足を止めて、目をまん丸くして私を見た。 こんな兄は珍しい。滅多に動じない人なのに。 「そんなに驚くこと? 慎一って女の目から見たら、結構、魅力的なのよ。」 慎一に魅力を感じるのが全人類の中で私だけだったら良かったんだけど、さすがにそうはいかない。
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